大村泰三氏インタビュー

ノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智博士は、開智学園の名誉学園長で【開智】の名付け親でもあります。また、弟の大村泰三氏は開智学園の理事であり、今回、大村泰三氏にご兄弟ならではの話を伺いました。

― 大村先生は、山梨県韮崎市のご出身。女、男、男、男、女の五人兄弟姉妹で、長男が智先生、三男が泰三先生でいらっしゃいますね。戦中戦後、日本が今ほど経済的に豊かではない時期にありながら、当時としては希ではないかと思うのですが、三兄弟揃って博士号を取得し、大村家の4博士(長男が医学・理学博士、二男、三男が工学博士で、計4つの博士)と称され、姉妹も大学を卒業なさっています。ご両親の影響が大きかったと伺っていますが、どのようなご両親ですか。
泰三氏(以下泰三):実家は、主に米作と養蚕を行う農家。父は農業をやりながら、山梨県でもいち早く簡易水道を部落全体に引けるように運動したり、小、中学校のPTA会長を務めたり等、地元の世話役のようなことをよくやっていたようです。尋常小学校時代は、一級上の学友で、後に世界的な数学者として大阪大学教授、日本学士院会員となられた功刀金二郎氏と勉強を競い合うほどでしたが、16歳のときに父親が亡くなり、父は六人兄弟の長男でしたから、上級学校への進学はあきらめたんですね。とはいえ、勉学への思いは絶ちがたかったらしく、押し入れの奥に、通信教育で使ったテキストやノートがぎっしり詰まった段ボール箱が残っていました。

― お母様も、とても研究熱心な方と伺っています。メモ魔だったとも。
泰三:母は、昔は嫁にいけないといわれた丙午の生まれで、手に職をというので、女子師範へ行き、隣町の国民学校の教師となりました。家には祖母がいたので、結婚、出産を経ても教師を続け、智兄さんが10歳、僕が5歳で終戦を迎えるまでその職についていました。昭和20年の春、いよいよ父に赤紙(召集令状)がきて農業の担い手がいなくなるというので、母は教師を辞め、43歳にして初めて農業と養蚕に専念することになったのです。近所の人に色々聞いてはメモを取り、養蚕に関しては、持ち前の研究熱心さで、気温、湿度はもとより桑の葉の量、病気の記録などを、毎日克明に養蚕日誌をつけていたようです。おかげで大村家は、村でトップクラスの品質を誇る繭を生産するようになりました。養蚕についての講習会の講師をすることもあったようですね。結果的に,この養蚕で得られる現金収入が、僕たちの教育の助けとなったかもしれませんね。

― やはり勉強には厳しかったのですか。
泰三:それが、しつけには厳しかったけれども、勉強しろ、と言われたことはなかったですね。ただ、小学生の頃から家の手伝いをするのは当たり前。朝まだ暗いうちから起こされて、登校前に農作業、豚や馬の世話、庭掃除などをし、夏休みには、蚕の食べる桑の葉を摘み、冬休みには薪拾いと、やるべき仕事はいくらでもありました。智兄さんは、ガキ大将で手伝いをしながら、よく隣村の子ども達と喧嘩もしていましたよ。当時農繁期には、学校を休んで農作業を手伝うことも当たり前のことでした。智兄さんは、農家の長男として生まれた以上、将来は家の農業を継いで生きていくのが当たり前だと思っていましたし、両親もそう考えていたので、跡継ぎとして何かと責任のある仕事や手伝いをさせていました。ところが高校三年生の5月、虫垂炎で静養中、ずっと本を読んでいる智兄さんに父親が、『勉強する気があるなら、大学へ行かせてやる』と言い、そこから、猛勉強が始まったようです。

― 農作業の手伝いが自然科学への興味につながった、ともいえるのでしょうか。
泰三:兄はそう言っていたかもしれません。僕たちが両親から勉強についてよく言われたのは、「実学を目指しなさい」ということでした。それは、世の中を良くする学問をしろ、ということです。また、地方出身で一流になるには、理数系の方が道が開けているという考えを持っていて、僕は電気工学を修めたんですが、我々兄弟が理工学の分野へ進んだのは、そのせいだと思います.― 泰三先生は、智先生とは5歳違い。どんな兄弟関係だったのでしょうか。泰三: 僕は、智兄さんと次兄に大学の学費を出してもらったの。東大の学費は兄たちが負担してくれたんです。定時制高校の教師をやりながら自分も大学院の修士で勉強しているときにです。頭が上がりませんね(笑)。さらに、社会人になってからよく言われたのは、「東大生は甘い。もっと厳しくならないと駄目だ」ということね。この言葉を肝に銘じたおかげで、三菱マテリアルという企業の取締役最高技術責任者となることができたと思っています。まぁ、世話になりっぱなしで、こちらから兄に何かしてあげたことはあまりないけど、挙げるとするなら、韮崎に温泉を作るとき、僕がグランドデザインをしてあげたことと、工事の管理をしてあげたぐらいかな。ささやかな、お返しですね。

― 最後に、本学の学生にこれだけは伝えたいというお言葉をいただけますか?
泰三:兄が大事にしているのは、“選択と集中”という言葉です。これは、よく調べて、その上で「これだ!」と思うものを決めたら、そこにしっかりと集中して物事を行うということですね。企業経営などでも、今盛んに言われ始めていますが、私にとっても、座右の銘です。よく調べるということについては、開智国際の「国際」を知ることも貴重です。世界を知る必要があります。兄も僕も、同じ頃、そう1970年前後ですが、それぞれに渡米していました。兄はウェスレーヤン大学客員教授として、僕はマサチューセッツ工科大学の研究室に在籍して、世界の研究レベルを見聞するチャンスを得ました。世界を知るという上で、この経験は本当に貴重な契機となりました。学生の皆さんも、さまざまな事をよく調べた上で、選択し、集中する。これを人生全般において、実践していただきたいと思います。ちなみに、ガキ大将だった兄のケンカの方法なんか、まさにそれの実践だったようだけど……(笑)。ケンカじゃなく、人世において、是非実践してください。

※この記事は2015年11月に取材されたものです。